★ 掲示板:『放知技(ほうちぎ)』 ★彡
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2018年元旦,金正恩,五輪外交を開始!平昌五輪を大成功に導く.習近平が金正恩を超国賓待遇!金正恩が米朝首脳会談を提案,これをトランプが即断で受諾!金正恩,板門店から韓国に入り,南北首脳会談.大成功!トランプが5月中の米朝首脳会談を示唆.マティス国防長官が「駐韓米軍の撤退」を示唆!…まさしく激動の2018年だ.この激動の切っ掛けをつくり,激動をリードしてきたのは,金正恩(34)だ!今後も金正恩は世界をリードする!目が離せない.深い考察と議論が必要だ.
(M部長・飯山一郎)
独り言(ゴミ箱)
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1:農耕民族
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2011/05/17 (Tue) 14:56:01
host:*.dion.ne.jp
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理数系の方の素晴らしい乳酸菌検証を拝見し
早速 ブックマークさせて頂きマウス。
ところでふと思ったが
我が家では「マイナスイオン清浄器」が常時活動中
果たして乳酸菌との相性はどうなんだろう?
と・・・考えながら近所の中華屋では
ゴダイゴの「ガンダーラ」が流れていた
いつもなら気にも留めないが 妙に心に染み付く。
窓の外では雷鳴と共に雨が降り出した。
今が幸せなのかそうでないのか分からなくなってきた。
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884:シカゴ・ブルース
:
2013/10/28 (Mon) 21:53:55
host:*.bbtec.net
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>>870 ギリスさん
こんばんは。
私の知らないことが多すぎるのでご質問に対するお答えになっているかどうか自信はありませんが。
> 仰っているのは、脳には元々学習型のプログラム作成ソフトが内臓されており、データの収集と
> 脳細胞増加あるいはシナプス増加という形の容量拡大により、二次的、三次的にこれまた学習型
> の言語使用ソフトが続々つくられていく というようなことですか?
農耕民族さんに対するご返事に書いたように「ものごとを一般化・概念化してとらえるのが人間の意識の本質だ」と私は考えています。これはディーツゲンやマルクスの書いていることを私が自分の意識で起こっている現象を内省してみて得た結論です。自然科学的なアプローチではなく人間の意識の発展の歴史性ということに関して私なりに考察した結果、そのように確信しました。
ギリスさんのおっしゃる脳の能力は人間が長い進化の過程を経て獲得し、親から子へとDNAによって受け継がれるものだと思います。いわば生物学的遺伝によってすべての人間が生まれ持っている能力でしょう。たとえ狼によって育てられたとしてもその能力は生きていく中で自然に発現していくでしょう。
それに反して、言語は人間の社会が生み出した産物でありそれは歴史的に発展してきたものですから人間の子どもはその発展の歴史をなぞる形で長い年月を経て言語能力を獲得するわけです。子どもというより大人も含めてその獲得の歴史は生涯続くものかも知れません。その意味では言語は他の諸文化と同じように子どもが社会の中で学びながら獲得しなければなりません。いわば「社会的遺伝」とでもいうべき能力ではないかと私は考えています。そして人間の脳はそれができるだけのキャパシティと能力とを持っているということですね。これは生物学的遺伝です。
> この大元のソフトは汎用性であって、人だろうが動物だろうが昆虫であろうが持っているが、そ
> の器によりどこまで発展するかに限度があると。コトバ使用ソフトになったり、鳴き声使用ソフ
> トになったり、文字型旋回使用ソフトになったりと。
自分の身のまわりのものごとを概念的にとらえる能力は人間だけでなく他の動物も多かれ少なかれ持っていると私は思います。私はネコ好きなのでネコの気持ちを理解しようと一生懸命努力した結果――というのは嘘で、実際は単にネコと遊ぶのが楽しくてそのためにネコの気持ちを理解しようとしただけですが――やはりネコもものごとを概念的に把握して生きていると(ネコの立場になって推察した結果)結論するに至りました。
しかしながらネコは社会的な動物ではないので意思疎通するために言語というものを作り出すことができなかったのでしょうね。それでも鳴き声とか身ぶりとか自分の意志を伝えるための表現はしますね。そうしなければ他のネコや人間や犬やその他に対して働きかけができませんから…。
> ですから、器は人間の脳容量をもっていても、狼に育てられた子供たちの脳は狼仕様にしか育た
> なかった?だが容量は大きくなっていくから、結局狼集団の中から浮いてしまい、集団周辺をう
> ろつくことになり人に保護され、狼のほうも奪還にこない(笑)と。まあ、人間は一人前になる
> のに時間がかかり、一年前後で狼みたいに独立はできないし・・狼の方も困ってたかも(笑)
その通りだと思います。上に書いたように能力はあっても言語や文化は社会的な遺伝ですから社会の中で他者との交流を通して学習しなければその能力は身につかないでしょうし、その学習は吸収能力の高い幼い頃に集中的に行なうのが一番効率がよいのだと思います。長じてからはむしろ獲得した基礎能力を使ってものごとを論理的に把握する力を身につけるのが主となりますからね。その意味で言語能力というのはものごとを論理的に考えるために欠かすことのできないものではないかと私は考えています。意識と言語は互いに作り合っていると私がいうのはそう言う意味です。人類の歴史においても個人の歴史においても意識と言語は互いに作り合っているわけです。
で、たしかに意識と言語は互いに作り合っている――言語なしに人間の意識がここまで発達することはなかっただろう――けれども、そもそも意識の中で人間がものごとを概念的に把握することができなかったならば決して言語は生まれなかっただろう、という私の最初の主張になるわけです。