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金正恩の真実 金王朝の“深い謎”ビビンバ!北朝鮮!
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飯山一郎へ伝言・密告・質問・短信etc -4-

1:飯山一郎 :

2015/03/22 (Sun) 02:05:54

host:*.ocn.ne.jp
2015年は、「エコノミスト」誌の「予言」、いや、彼らの「予定」どおりになるだろ。
「予定絵図」のキノコ雲は、彼らの「予定」ではロシアだったがプーチンが粉砕した。
彼らは、新しい「予言」として、キノコ雲は、日本に立つ!とつぶやきはじめている。
臨界の規模が益々増大して…、100トンのデブリが大核爆発を起こすだろう!と。
119:sin27321ji :

2015/04/27 (Mon) 12:46:55

host:*.ocn.ne.jp
民本主義下での政治主体は、元首(または各首長)とそれを取り巻くエリートおよび各級官吏群でしょう。
民主主義下では、我が国では霞ヶ関や自治体庁舎内のエリートおよび各級官吏群が政治の主体でしょう。
彼らこそ、政治家と呼ぶべき人達です。*民主主義の仮面をかぶった影の支配者の存在は、一応脇に置いて、建前で論ずるにとどめます。

私は、我が国政治の腐敗の原因は、彼ら官僚の腐敗にあるとみています。
なぜ腐敗したかの論は長くなるので省きます。


国や自治体の政治機能やその能力は、官僚に負うしかありません。それなのに、
現在、議員たちを広く政治家と呼んでいるようですが、それが間違いなのです(マスコミ・ジャーナリズムの責任)。

有能な官僚から議員になったものなどの例外を除いては、一人一人の議員には、代議士としての能力しかありません。
なお、小選挙区制のもとでは、その能力も殺されます。
政治能力のない代議士たちを政治家扱いする結果、
本人たちがその気になるから、無茶苦茶になるのです。


内閣構成員を政治家と呼ぶのは当然とは言えますが、
議院内閣制のもとでは、その場合でも、「名誉政治家」という扱いをするべきです。
彼らは、真の政治家と代議士たちとの間の仲介・緩衝機能を果たすにすぎないのです。

代議士たちおよびその成れの果ての閣僚たちは、
たくさん集めてたくさん配る「大きな政府」のシステムのもと、モンスター化した行政機能に
如何にしてたかり、私物化するかにたけています。そうするほうが、自分の次の選挙にも有利だからです。

たくさん集めてたくさん配る「大きな政府」のシステムが、害悪です。
官僚を横暴にし、また、あらゆる階層、あらゆる種別の国民のたかり、乞食根性を助長します。
地方自治が死んだも同然の現状になっているのもそのせいです。
「小さな政府」のもと、自治体には最大限の自主財源や自主司法権を持たせるべきです。
私は、よく分かりませんが、アメリカの各州のあり方が、その自治権が比較的生きている例ではと思います。

では、議員たちの機能は何かというと、民本主義下と民主主義下とを問わず、
それは国民の政府に対する「拒否権」の行使にあると思います。
それが、立法の形であれ、承認手続きであれ、議会がNOと言えば政府の行動は止められるということです。

江戸時代の「庄屋」「名主」は、お上からの年貢高のお達しに対して、「請書」を提出したと解しています。
理不尽なお達しに対しては「請書」を出さず、相討ちを覚悟で、強訴や一揆をおこしたのです。
(今のわが国では、強訴・一揆は一方的に権力でひねりつぶされます。どこかで、抗議の焼身自殺があったとかの情報がありましたが、
それは無視されたでしょう。
ただし、現在の沖縄の翁長知事を先頭とする動きは、括目すべき稀有の例と言えます。
県民の思いの強さはもちろんですが、太田中将の遺書だったか、沖縄県民かく戦へり、後世格別の配慮あらんことを・・・の言葉も
後押しをしているのでしょう。)

官僚でない「庄屋」「名主」が集合しても、藩政を取り仕切る能力はあるはずもなく、ただ、
領民に対しては、上記の代議士のあるべき機能と同じく、お上に対しての拒否権発動権能を持っていたことになります。
しかし一方、村の内部では、3割自治どころかほぼ10割自治を実現していました。

国民大衆が、民主主義下で自分個人が政府への拒否権発動の主体であると思い込まされているのも、
間違いでしょう(これもマスコミ・ジャーナリズムの責任)。
国民一人一人も、行政側へのたかり・乞食根性にまみれていて、それを基準に首長や議員の選挙に臨みます。

そうでないようになるためには、代議士(地方議員も含めての概念として)や首長を、
自分の代わりに「道理」を論じ議することをゆだねる目的で選ぶ。
分かりやすく言えば、自分はバカだから偉い人を代わりに立てて、政治執行や拒否権行使をゆだねる、
という考えです。

前もって、大衆側が首長や議員の行動を縛り、注文を付けることは、
議員(代議士)が政治に口を出したり、たかることと同じです。それでは委ねたことになりません。
そして、大衆側の拒否権は、議会解散要求や個別議案に関する住民投票で発揮したり、
次の選挙で誰を選ぶかで機能することになるのです。

否定できない事実として「衆愚政治」があります。上記が、それを克服する考えかたです。
今まで言われる民主主義とは、以前の封建主義や専制体制などへのアンチテーゼにすぎないから、行き詰まるのです。
積極的平和主義(軍国主義)の向こうを張って、私は、以上のように積極的民主主義(真の民本主義・民主主義)を唱えたいと思います。

しかし、飯山氏の指摘の通り我が国滅亡が不可避であるとしても、
何十年(何百年?)か先に、日本がどこかで再起した時に、この説が生きることになれば、以って瞑すべしです。

*最初にお断りしたように、影の真の権力者の存在は脇に置いて、建前だけで論じてみました。なお、議会が機能するならば、政府主体が誰であれ、民本主義が成立できるという前提に立ちました。

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