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1:(削除) :

2021/09/04 (Sat) 09:10:32

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(投稿者により削除されました)
100:貴香 :

2022/01/10 (Mon) 20:51:10

host:*.kcn.ne.jp
>>104
mespesadさん

私の思いのままに書いたことを分析して下さって、改めて勉強になります。

私はW理論で好き、楽、樂しいを選択基準にと教えてもらってからは、ホントに気楽に肩の力を抜いて生きてますが、そうすると本性が出ますよね。
時々摩擦が起こります。

自分は間違って無いつもりでいても、相手から非難されたりすると、気付かない内に感情に翻弄されてしまっている場面にふと気付いて、、、

時間の余裕有る時には、自分の気性の癖とか、その時々の気付きに出来るだけ向き合ってます。
自分の心の呟くワガママやエゴに対していると、自分ってこんなことに拘ってるとか、こんなことが嫌なんだとかが自覚出来て、それらの感情を吐き出して、そんな自分を許して、癒やして、大丈夫だよって安心させます。

で、その時はスッキリした様に成れても、又同じ様な事が繰り返してきます。
心の癖って中々簡単に取れるモノでは有りませんね。
でも少しづつ少しづつ進んでます、やればやるだけ穏やかになってきてます。

何回も何回も、人間だから不完全で中途半端、でも諦めるしか無いって自分を赦してます。
ところが他人を見ると何で皆は凄く出来てるのに、私って駄目だ~本当に情け無い~ってなったり、、、

とうとうそんな繰り返しの中で、自分はこの世界中で一番最低最悪の人間だなって悲しんで、
それでもう諦めて、でもこうやって生きてるなんて有難いなぁって感じて泣けてきてってことも有りました。

そんな自分を良し良し、大丈夫大丈夫って癒やしながら、徐々に生活の中で「穏やかに平穏に」が実現してきてます。

穏やかで平穏無事って当たり前のことの様ですが、それが有り難いなって思える様になってきてます。

思考は細胞核内でDNAから信号を出してそれを受け取って脳に伝えているそうです。
念とか思考って物質だよってo先生は言ってました。
亡くなった人を焼くとその念とか思考とかが煙になって空気中に残るって、言ってました。 

もしかしてそうなら、わたしは生きている間に出来るだけ消しとこうって思ってます。

ところで、
好きって「感情」?
それも有るかなって思いましたが、
でも好きって一瞬で感じる感覚が1番正確かなって、心のセンサーとしてはそう思います。

閃きみたいで、それよりちょっと長い何秒かの一瞬パッと来るのがそうですよね。

感情ってちょっと拘りみたいなものがくっついてるイメージが有ります。
やっぱり情という字が付くと、私には拘りや縛りというイメージになるからかも知れません。
情の文字は心が青い、つまり未熟な心とも読めますけど、どうなのかな?


> それと、似たような話が「意識」と「思考」の違い。
>「意識」とは何か。
>よく「カラ返事」とか「人の話を聞いてない」とかいうことがあるけれど、これは「意識」を「相手の話」に向けていないときに起きる。
>逆に、「真剣に聞いている」ときというのは、それが自覚的であれ無自覚であれ「何か」をある「対象」に向けている。
>その「何か」が「意識」ですね。
>そこには「思考」のような、何か頭をCPUのようにガチャガチャ働かせているような感じは無い。

成る程、o先生も意識と思考は別物だと言われてました。

思考は物質で意識はエネルギーって感じかな。

CPUみたいにガチャガチャ働かせるって上手い表現ですね。


>本当の「愛」というのは条件が付かない。
>キリストは「汝の敵を愛せ」と言ったようだけれど、これを真に理解するのは結構難しくて、他人に「愛」を向けるのって、自分は向けているような気がしているけれども実は向けていなかった、なんてことは何度もある。

愛って文字的には心で受けるってイメージかなって思ってます。
だから愛は能動的と言うよりも受動的で、相手を受け入れる心と解釈しても良いかなって感じです。


>実は「他人」を愛するにはまず「自分」を「愛」せてないとできない。
>でも自分を「愛」する、というのもこれまた広く誤解されていて、いわゆる「ナルシスト」とは違う。
>「自分の好きなところも嫌いなところもすべて自分であることを悟り、自分のすべてを自分で受け入れ、受容する」ということ。

やっぱりそうですよね。受容する、受け入れるですね。自分を全肯定して受け入れると、自分が安定して安心します。

それは他人に対してもそうです。
好きなら受け入れられますが、でも嫌いなら受け入れられません。

ただ、自分が安定すると受容する器が大きく拡がる感じがします。
ナルシストではそうでは無いですね。


> で、自分を真に「受け入れる」ことができるようになったとき、他人のことも、真に「受け入れる」ことができるようになる。

>実はこれこそが真の「愛」だ、ということになるのだけれど、

私もそう思います。
真の愛を目指して自分を癒やして浄化してゆっくりと極めていきたいと思います。

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