★ 掲示板:『放知技(ほうちぎ)』 ★彡
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2018年元旦,金正恩,五輪外交を開始!平昌五輪を大成功に導く.習近平が金正恩を超国賓待遇!金正恩が米朝首脳会談を提案,これをトランプが即断で受諾!金正恩,板門店から韓国に入り,南北首脳会談.大成功!トランプが5月中の米朝首脳会談を示唆.マティス国防長官が「駐韓米軍の撤退」を示唆!…まさしく激動の2018年だ.この激動の切っ掛けをつくり,激動をリードしてきたのは,金正恩(34)だ!今後も金正恩は世界をリードする!目が離せない.深い考察と議論が必要だ.
(M部長・飯山一郎)
トランプスレッド
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1:mespesado
:
2026/03/11 (Wed) 17:56:40
host:*.eonet.ne.jp
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飲尿獣医さんが、スレ立てるならトランプを誰か語れ、とおっしゃっていたので急遽立てました(w
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14:mespesado
:
2026/03/19 (Thu) 11:20:22
host:*.eonet.ne.jp
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>>11
軍需産業が米国の経済を支える重要な産業であることは、今更言及するま
でもないことです。しかし、トランプが、その一期目で「戦争をしない大統
領」として、氏の支持される理由の大きなポイントになったことは事実です
が、それが軍産複合体からの「メシの食い上げだ!」という圧力になったの
か、最近兵器の質が悪くなっているという世論に危機感を感じて、保有する
兵器を実際に戦闘に使ってみせることによって、対峙する中国やロシアへの
牽制や、米国内や同盟国に対する不安を払拭させる効果を狙ったのか、はた
また米国を巣食うイスラエルロビーの断末魔の必死の脅しに屈して彼らの手
先として動かざるを得なくなったのか、まあ、いずれの理由もあるとは思い
ますが、せっかく戦争をしない大統領とアピールしていたのをかなぐり捨て
てでも今回思い切った方針転換を決断したのは、その方がそうしないよりは
ベターだ、と判断した氏の独自の価値観による総合的判断によるものなので
しょう。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
閑話休題。最近の放知技は、政治談議そのものより、スピリチュアルとい
うか、人間の内面に関する話の方に皆の興味が移ってきているように感じる
のですが、政治について語られる分析結果や予測の妥当性よりも、論者がな
ぜそのように考えるか、主張するか、という面に注目するのもまた興味深い
ものです。つまり、論じている対象について分析するのではなく、それを論
じている当の自分自身の精神について分析するわけです。
私自身について言えば、そもそも何で放知技に自分の意見を書き込んでい
るか、と言えば、そりゃあ自己顕示欲があるからでしょうw。そして、自分
独自の視点を見つけた場合、それを得意げにこのような掲示板で披露する、
というのは、要するに他者に対してマウントを取りたいという要求があるか
らに他なりません。ところが、普通はこのような「他社に対してマウントを
取りたい」などと正直に告白する人が少ないのはなぜか、というと、「マウ
ント取りは、ハシタナイこと」、つまりは「悪いこと」だと外側の価値観で
自らレッテル張りをしているからに他なりません。だからそのことを隠して
いるわけです。…と、ここまで書いてきた内容自体が、これまた「マウント
取り」になっていますwなぜなら「オレはそういうマウント取りをハシタナ
イと考えて本心を隠す一般人とは違って自分で正直に告白した分だけ一般人
より優れてるぜ」という気持ちが当然存在し、これこそがまた、更なるマウ
ント取りに他ならないからです。ただ、こういうカラクリを「白状する」と
いう行為は、実は「どうでもよい」のです。それよりも、自分で自分の「ネ
ガティブ」に評価していることを自分でも認めたくない(キリッ!)となっ
ている心を、そのこと自体の「善悪判断を行わずに」、「自分はそういう人
間なのであって、そのようなキャラこそが自分そのものなんだ」と、自分の
「エゴ」を「認てあげる」ことによって、自らの存在をかまってほしいカマ
ッテチャンであるところの「エゴ」が、「ああ、このエゴの持ち主は私のこ
とをわかってくれたんだな」と安心することができ、今まで「わかってくれ
てない!」と暴れていた自分の「エゴ」が安心して落ち着くことができて、
自分の腹の底のモヤモヤした気持ち悪さが吹っ切れて心が軽くなるわけです。
他にも、別スレで書いているテーマである「皇位継承問題」について解説
すると、私のホンネは明確で、「保守派の主張する男系男子論は気にくわな
い」です。では、なぜ「気にくわない」のか?それは男系男子論そのものと
いうよりは、その結果となる「悠仁さん」に皇位が移ることが気に入らない
わけです。でも悠仁さんはまだ10代の若さであって、これからマトモにな
るかもしれない。そこで更に自分の腹の底を抉ると、実は悠仁さんが帰属す
る秋篠宮家が気に入らない、ということが判明します。では、なぜ秋篠宮家
が気に入らないか、というと、彼らは不勉強で努力嫌いなくせに自分たちを
良く見せようとばかりして皇室の品位を汚そうとしているように見えるから
です。でも、彼らのそういった実情って、自分の目で確かめたわけではなく、
動画とかでそう言っているのを見ただけだから事実かどうかわからないはず
なんですが(実際、天皇ご一家がバッシングを受けていた時は、彼らの悪評
ばかりが報道されていましたが、今ではすべて作られたイメージだったいう
根拠が暴露されています←ただしこれまた自分で確かめたわけではないので
すが)、重要なことは、私自身がそのような情報を「信じたがっている」と
いうところにあります。ではなぜそのような秋篠宮家の醜聞を信じたがって
いるか?それは、その信じている内容の中の「彼らが努力を嫌っている」と
いう部分に本質があります。分析を進めるにあたって参考になるのが、その
正反対の対極にある「雅子さんと愛子さん」への私自身の「絶賛」です。世
間でも秋篠宮家とは対照的に彼女らの「努力」をたたえる声がすごいです。
じゃあ、私自身は「努力する人が好きで努力しない人が嫌い」なのか?一見
するとそのように分析してしまいそうですが、どうも腹の底がこのような分
析結果を承服していません。何か腹の底が「気持ち悪い」です。そこで別の
例を引き合いに出してみます。将棋の世界のヒーローに、全8タイトルを独
占したことがある(今でも6冠保持している)藤井聡太という棋士がいます。
私は彼のことが好きです。彼もまた壮絶なる努力家です。ところが、彼のラ
イバルに永瀬拓矢という強さの棋士の順位でも2位か3位という棋士がいて、
彼も自分の全人生を将棋の研究にに捧げているという位の超絶な努力家です。
ところが、私は実は彼のことが「嫌い」です。同じ努力家なのに、一方は好
きで一方は嫌い。なぜか。別にアイドルじゃあるまいし、顔の好き嫌いでは
ありません。ただ、二人の大きな違いは、藤井聡太の方は努力家であること
に加えて天性の才能がすさまじいことです。これに対して永瀬拓矢は(もち
ろん半分は謙遜でしょうが)自分は天性の才能には恵まれていないから、そ
れを努力で補っているんだ、という趣旨のことをかつて語っていたと記憶し
ています。つまり、この将棋棋士に対する私自身の分析からわかることは、
私は実は「努力が嫌い」なんですね。そのかわり「天性の才能持ち」にあこ
がれているわけです。そう気が付いて雅子さんと愛子さんを見てみると、彼
女らは確かにすさまじい努力家ではあるけれど、天性の人間力というか、他
人に寄り添える能力が頭抜けています。つまり、ここでも私は「天性の能力
に憧れている」ことがわかります。そして更に自分の心を暴くと、「秋篠宮
家の誰かがたまたま何かに努力している話」を知ると「不快」になっている
自分を発見します。つまり、こういうことです。「私自身は実は努力が嫌い
である。にもかかわらず、他人からは自分を高く評価されたいと願っている。
だから、努力しなくても成果を上げることができる天性の才能を持っている
ことに憧れる」ということなんですね。しかしここで一見すると疑問が生じ
ます。それは、「努力しない人たちということに私の中ではなっている秋篠
宮のことが何で嫌いなのか」ということです。「彼らはおまえと同じで努力
が嫌いなんだろう?だったら彼らに共感してもいいはずじゃないか」と。し
かしこれは実はこういうことです。私自身は確かに努力は嫌いである。しか
し、その「自分は努力が嫌いだ」という事実を、私自身は実は認めたくない、
つまり「嫌っている」。しかし、自分で自分のことを嫌っているということ
は(認められたくてウウズしている『エゴ』の性質に反するから)絶対に認
めたくない。そこで、自分のことを嫌う代わりに、同じく努力が嫌いである
ということになっている他者(この場合は秋篠宮家)に矛先をすり替えて、
彼らを嫌う、非難することによって、心の安寧を図っている、とまあ、こう
いうわけです。ここまで自分の心のカラクリがわかったところで腹の底が納
得した、という気分になったので、多分これが「答」だと思います。
まあ、そういうわけで、政治談議で他の人と論争するのもそれはそれで面
白いことではありますが、それとは別に、特定の政治などに関する自分の意
見のホンネについて「自分はなぜそういうホンネを持っているのか」という
内面の考察を行うのもまた楽し、というところですね。