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新時代を冷徹に読み解くおっさんたちの激論スレー38-

1:mespesado:

2019/07/22 (Mon) 09:29:16

host:*.itscom.jp
経済の世界で緊縮派対反緊縮派の対立軸が鮮明になってきました。
引き続き放知技の目の肥えた読者のレベルにふさわしい議論を期待します。
726:mespesado :

2019/10/20 (Sun) 13:18:14

host:*.itscom.jp

>>715

 更に追加です。ってか、ここまで追加追加と来ると、ある種、連載みたい

になってしまいますね。まあいいや。何とでも呼んでくださいw

 前回は次のように書きました↓


> 「『日本政府』のオカネが増えて何かいいことあるの?」


 “前回の説明で、日本政府がオカネを「儲ける」(すなわち収支差額がプ

ラスになる)必要が無いのはわかったけれど、でも収支差額がマイナスにな

ったらいけないんじゃないの?”

 ↑こういう疑問を持つ人はまだ多いんじゃないかと思います。そうなんで

す!これこそが実は「PB黒字化論」なんです。「黒字化は必要ない」って

説明してるのに、何で「黒字化」かというと、既に沢山の「借金」をかかえ

てるから、その借金を返すために「黒字化」が必要だ、というわけなんでし

ょう。つまり、上のような疑問を持つ人の根本的思考は“個人の家計であれ、

企業の会計であれ、中世の王様の家計であれ、近代以降の国家統治機構の会

計であれ、確かに支出したい以上に「儲ける」必要は無いかもしれないが、

収支が赤字になっちゃいけないんじゃないの?で、仮に一時的に赤字になっ

て借金で凌いだとしても、その借金を返済するためにどこかで黒字に転じな

きゃいけないんじゃないの?”というものではないかと思います。

 さあ、実はここからが(日本人にとっては特に)説得の難しい部分なんで

す。まずはこう切り出します:



    借金借金って言うけどね、そもそもオカネって単なる「約束事」で

   しかないんだよ。と言っても、昔は約束事じゃなかったのが、現代、

   正確に言うと、お札が「兌換紙幣」から「不換紙幣」に移行したとき

   から完全な約束事になったんだけどね。でも、そのとき「オカネって

   本当はどういう約束事にすればいいのか」ってことを深く考えないで、

   この「約束事」を決めたもんだから、それまでの、オカネが約束事で

   はなかった時代の「習慣」とか「制約条件」のうち、必要でない、守

   らなくもいい「習慣」とか「制約条件」の一部を、気づかずに間違っ

   て約束事の中に持ち込んでしまったために、私たちは、その、本来な

   ら不必要で、守らなくてもいいはずの約束事に縛られてしまっていて、

   身動きが取れなくなっているだけなんだよ。国債が国の「借金」だ、

   とか、その借金を「減らさなければならない」なんていう約束事が、

   まさにそんな、「不必要で守らなくてもいい、間違った約束事」の典

   型的な例なんだよ。



 ↑こんな風に切り出してから、詳しく説明を始めます。

 まず、昔の、オカネが約束事ではなかった時代って何か。これはなにもM

MTの人みたいに、「貨幣の起源」を先史時代まで遡る必要はありません。

日本なら江戸時代、欧州なら金貨を使っていた時代のことを考えれば十分で

す。このころは、貨幣はそれ自体が商品として価値のあるモノでしたから、

オカネでモノを買うのは、価値のあるモノと価値のあるモノを単に「等価交

換」していただけですから、約束事もへったくれもありません。まあ、物々

交換が高度に発達した状態、という程度の理解で十分だと思います。

 で、この時代の「貨幣」の「制約条件」って何か。

 それは、「貨幣の総量に制限がある」ってことです。そもそもその頃って

産業革命前ですからモノの生産量はギリギリ、というか不足しているのが当

たり前ですから、「物々交換の親玉」に過ぎない「金貨」だって供給不足だ

ったわけです。ただ、いくら産業革命前だとしても、中には供給力が十分だ

った商品だってあるでしょう。しかし、「物々交換の親玉」、つまりあらゆ

る商品と交換してもらえる、つまり誰でもが欲しがるモノってのは、必然的

に「希少価値がある」モノでなければ機能しません。だって希少価値が無か

ったら、お店に行って「それ」を差し出されても、店の人から「そんなもの、

自分で簡単に探して来れる(自分で作れる)から要らないよ」と言われて、

店の商品と交換してもらえない可能性があるからです。

 なので、この「貨幣」として「物々交換の親玉」が使われていたときとい

うのは、それは「希少価値があるモノ」でなけれなならない蓋然性があった

のです。このような時代、「プライマリー・バランス」すなわち


      収入 > 支出


という制約条件は、家計にとっても、生産者にとっても、そしてこれが大事

なことですが、貨幣を発行していた「国家の統治機構」にとってすら、物理

的に「必然的」な制約条件だったわけです。だって、国家は貨幣を「発行」

するとは言っても、無から作れるわけじゃなくて、天然資源に過ぎない「金

(=gold)」を単に加工していただけですから、金という天然資源の量的制

約を受けます。つまり、国家の「支出」は国家による金の保有量が上限であ

り、もし国家が保有している金貨をすべて支出してしまったら、それ以上貨

幣を発行しようと思ったら、過去に市中に発行済みの貨幣の一部を「税金」

の名目で市場から「回収」し、それを新たな貨幣発行に回すしかなかったわ

けです。これが、「貨幣」が希少価値を持つ資源そのものであった時代には

国家が「税金」を「収入」として、その範囲内でしか「支出」できなかった

本質的な理由です。

 次に、金は重いし偽物を見分けるのも困難で不便だということから、「兌

換紙幣」の時代に入ります。しかし、これはオカネの新たな約束事というに

は大げさで、「兌換紙幣」とは要するに「金」の「引換券」です。だから、

この時代でも、「家計」、「生産者」、「国家の統治機構」のいずれにとっ

ても「収入」と「支出」の関係を縛る「プライマリー・バランス」は「金」

の現物が「貨幣」だった時代、すなわち「金貨」が貨幣だった時代と何ら変

わりません。

 さて、以上ざっと「兌換紙幣」までの歴史を振り返って来ました。ところ

が、この時代に、人々は「貨幣」が持たなければならないもう一つの条件、

すなわち「必要な制約条件」のことをコロッと忘れていました、というか、

気付いてすらいませんでした。

 「貨幣」には、その貨幣の持つ物理的制約から、「やむを得ず」生じてし

まう制約条件というものがあります。それが上で説明してきた「プライマリ

ー・バランス」という制約条件です。ところが他方で「貨幣」には、それが

真に「貨幣」として機能するために、積極的に満たさなければならない条件、

という意味での「制約条件」があります。それは「貨幣を使った経済活動が

円滑に行われ、人々の生活が豊かになるために貨幣というものに課すべき制

約条件」です。そして、これら2種類の、意味が全く異なる制約条件は、論

理的には互いに全く無関係です。

 その、論理的には全く無関係な2つの制約条件なのに、何でその一方の存

在が人々に全く意識されなかったのか?

 それは、後者の、「貨幣として機能するために必要な制約条件」が、たま

たま「兌換紙幣」の時代の終わり、すなわち1970年代前半のニクソンシ

ョックで米ドルが金との交換を止めるまでは、時代の特殊性により、偶然に

もそれが意識されなくても経済がうまくまわっていたからに過ぎないのです!

 まずは「貨幣として機能するために必要な制約条件」とは具体的にどんな

制約条件なのかを説明しましょう。それは


■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■                                ■
■   市場の経済の活性化に伴う市中での取引の総量に比例して、市  ■
■                                ■
■  中に出回っている貨幣量が増減していること。          ■
■                                ■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


 非常に大雑把に言えば、↑のように述べることができます。大雑把と言っ

たのは、本当は「市中での取引の総量」とは「現時点での実際の取引量」と

いう意味ではなく、「生産・供給量のポテンシャルから判断して、そのポテ

ンシャルが実際に発揮されて実現した場合に市中で取引がされるであろう場

合の推定取引総量」と呼んだ方が正確だからです。なぜなら、「現時点での

実際の取引量」では、いくら供給力にポテンシャルがあっても、現実の取引

量が逆に「市中に流通する貨幣量」によって制約を受けてしまうからです。

 細かいことはともかくとして、この制約条件は、気がついて見れば至極当

然の条件であることがわかるでしょう。要するに、オカネというものは、商

品を取引するときに使われるものなのだから、供給能力に見合っただけの需

要に対してその価値が等価交換される際に、ちょうどそれに見合うだけの貨

幣が市場に存在していなければ、この商品の交換がスムーズに行われなくな

るからです。つまり貨幣はこの水準と比べて多すぎても少なすぎてもいけな

い。多すぎれば商品の供給より貨幣の方が多くなるので貨幣の価値が失われ、

最悪その貨幣の信用が損なわれてその貨幣を使う人がいなくなる。逆に貨幣

がこの水準と比べて少なすぎれば、せっかく供給力はあるのに、それを手に

入れたい人が貨幣が足りないというだけの理由で買えなくなる、というミス

マッチが起きる。いずれの場合も、「せっかく貨幣というものを用いて経済

を円滑に回そうと思ったのに、これじゃあ貨幣を使うのをやめて物々交換に

戻った方がマシだ」ということになってしまう。

 ですから、この四角い枠で囲った制約条件は、貨幣を用いた経済(貨幣経

済)を採用するからには必須の条件なのです。

 ところが、兌換紙幣の時代の終わりまで、人々はこの制約条件に気付いて

いませんでした。それはなぜでしょうか?

 理由は、プライマリー・バランスの制約条件だけで、世の中が偶然にもう

まくいっていたからなんですね。

 高度成長期までは、経済が発展し、それに伴って消費者が欲しいと思って

いた商品が次々に増え、それらを大量生産する設備も充実してきました。だ

から、市中における取引の総量は増え続けました。すると、上記の枠で囲っ

た制約条件によれば、普通に考えると、貨幣もそれに伴って増えていかなか

ったら、この条件が成り立たないはずですよね。それなのに、プライマリー

・バランス、つまり貨幣の総量が変わらない、という制約条件とは矛盾して

いるではないですか?

 ところが、これがその時代の特殊性によって矛盾には至らなかったのです。

そのカラクリが、私が何度も説明したように、「信用創造」の存在です。つ

まり、企業は急増する工業製品の需要に応えるため、借金をしてでも設備投

資をして生産能力を拡大しようとしました。そして、この企業による銀行か

らの借金による信用創造によって貨幣が「増える」、正確に言うと、「現金」

が増えるのではなくて、「預金通貨」という、「現金」ではない新たな種類

の「貨幣」が勝手に増えることによって、この「取引の総量に比例」した貨

幣が市場に加わることによって、PBの制約で増やせない「現金」の増加不

足を補っていたわけです。

 この「預金通貨」というのは我々が見慣れた「現金」とは違って、これを

「貨幣」と見做すには一種の「意識改革」が必要です。なので、高度成長ま

での世界では、プライマリー・バランスという制約があったにもかかわらず、

実質的な「貨幣」である「預金通貨」が勝手に増えていたから、「貨幣の総

量は取引の総量に比例して増減しなければならない」という制約条件は「人

々が意識しない間に勝手に満たされていた」というのが現実だったわけです。

 ところが高度成長が終わり、低成長下になったとき、企業もこれまでのよ

うな増産も要らないから設備投資も要らなくなった上に、企業自身が「金持

ち」になった結果、企業は設備投資のために借金する必要がなくなり、従っ

て信用創造も激減し、従って「預金通貨」は増えなくなった。しかし低成長

とはいえ、世の中の技術は進歩し続けているので必ず新たな商品やサービス

は生まれ続けているので経済は発展し続けるものであり、従ってそれに伴っ

て貨幣は増え続けなければならない、というのが「四角の枠で囲った制約条

件」です。ところが、我々は、プライマリー・バランスの条件を今までのよ

うに金科玉条のように守り続けているために、この「四角の枠で囲った制約

条件」を満たすことができない。これが今日の、高度成長が終わり、低成長

に入った経済がうまく行かず、「失われた20年」とか「30年」とかに突

入してしまっている最大の原因なのです。

 ところが大変幸いなことに、今日では貨幣は「兌換紙幣」の時代から「不

換紙幣」の時代に完全に移行しています。従って、「兌換紙幣」ならではの

物理的制約条件である「プライマリー・バランス」の制約条件は、最早必要

なくなってしまったわけです。つまり、政府はPBの制約条件から解放され、

経済発展の度合いの要請に応じて必要なだけ貨幣を「発行」することが「物

理的に」可能になったわけです。

 ああ、それなのに、それなのに…

 世の中の人は、①「あまりにも兌換紙幣までの歴史が長すぎて、PBをそ

れまでの貨幣の特質によるやむを得ない物理的制約条件であったことを忘れ、

不換紙幣になったら最早必要ない制約条件になってしまったことに気付いて

いない」こと、②「貨幣は、本来なら経済の発展に比例して増減させなけれ

ば正しく機能しないモノのはずなのに、高度成長期までは、信用創造でオネ

が増えていたために、PB制約条件のもとでも偶然うまくいっていた、とい

う事実に気が付かず、こちらの制約条件が必須であることに気付いていない」

という2つの「気が付いていない」によって、本当は今日の経済というのは

すばらしく全員がハッピーになれる状況が訪れているというのに、そのチャ

ンスを自分達でみすみす逃しているという、まことに「残念」な時代である、

ということができるのです。

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