★ 掲示板:『放知技(ほうちぎ)』 ★彡
77476621

2018年元旦,金正恩,五輪外交を開始!平昌五輪を大成功に導く.習近平が金正恩を超国賓待遇!金正恩が米朝首脳会談を提案,これをトランプが即断で受諾!金正恩,板門店から韓国に入り,南北首脳会談.大成功!トランプが5月中の米朝首脳会談を示唆.マティス国防長官が「駐韓米軍の撤退」を示唆!…まさしく激動の2018年だ.この激動の切っ掛けをつくり,激動をリードしてきたのは,金正恩(34)だ!今後も金正恩は世界をリードする!目が離せない.深い考察と議論が必要だ.
(M部長・飯山一郎)
混沌に希望を見出す賢者の発信スレー41-
-
1:堺のおっさん:
2021/01/24 (Sun) 07:25:51
host:*.enabler.ne.jp
-
どういう訳か、本スレが消えてしまっている。
原因調査を行いますが当面、記事はここにお願いいたします。
前スレはまさに武漢ウイルスという世界を混沌の世界に変え、
希望を打ち壊すまっただ中で国家について検証してきた。
今後の世界に最大の影響を与える一つのイベントである
アメリカ大統領選挙の投票日を3日後に控え、
世界がどちらになるのか固唾をのんで見守っている。
どちらになるにも、選挙自体が混乱し政治的空白が生じる。
こうした局面で真に問われるのは明確な指針である。
日本の進む道を照らす投稿を期待したい。
-
163:亀さん:
2021/03/14 (Sun) 16:05:39
host:*.t-com.ne.jp
-
立て続けに入った二本の仕事(翻訳)、最初の一本が終わったので先ほどメールに添付して送信した。残り一本は来週の火曜日が占めきりなので、今はホッと一息ついている状態www 最初の仕事の送信先は米国の大手自動車部品メーカー、今回の仕事は同社のCEOが緊急発信するという、全世界の社員全員宛ての社内メールの翻訳だ。この会社は、数ページに及ぶ件のCEOのメッセージや、世界に拠点を持つ同社の工場や営業所の最新事情を社内報の形で発行していたのだが、小生は毎月のように社内報の翻訳を手がけていた。ところが、社内報の翻訳の依頼が、ココ数ヶ月バッタリと途絶えたのである。多分、社内報向けに執筆するだけの余裕がCEOに無かったのだろうと、大凡の推測はついていたが、今回の全世界拠点向けのメール翻訳をしつつ、想像していた以上に同社の納入先である米国自動車業界、あるいは同社をはじめとする部品メーカーの不況振りが、手に取るように読み取れ、暗澹たる気持ちになった次第である。
>>161
堺のおっさん
投資そのものについては、mespesadoさんが>>163で言及しているので、そのあたりは堺のおっさんとmespesadoさんに任せるとして、小生がNHKをはじめとする震災関連のドキュメンタリー番組を数本見つつ、つくづく個人的に考えさせられたのは、堺のおっさんが仰せの「復興のまちづくりはこれからが本番」という言葉だ。
確か、NHKの「震災遺児」というドキュメンタリー番組だったと思うが、母親と弟(当時一歳)を津波に流され、父親との生活が始まった小六の男の子を追った十年前の記録だった。そして、津波に流された水産加工工場で働いていた父親が、失職の身で息子のために慣れぬ手つきで、卵焼きを焼いているシーンを目にした時、胸を打つものがあった。真っ黒焦げの父親の卵焼き・・・、息子はどのような気持ちで、真っ黒焦げの卵焼きを食べたのかと想像するだけで、突然大切な家族を失い、父子家庭になった父子の厳しい現実を思ったものだった。数ヶ月して父子家庭の生活に慣れた頃、父親が東京の親戚を頼って東京に引っ越そうと息子に話しかけた時、「母や弟の眠る生琉里を離れたくない」と、息子は猛烈に父親に反対したという。つくづく、人にとっての生琉里とは何なのか、考えさせられるシーンだった。
>>164
mespesadoさん
> 「君子は義に喩り、小人は利に喩る」
御意。小生は>>160で以下の拙稿(旧ブログ)を紹介しました。
__________
中国では聖人というのは為政者(政治権力者)のことであり、君子は統治階級に属する人、小人は一般庶民という意味になる。
古典の素読
http://pro.cocolog-tcom.com/edu/2005/06/post_765c.html
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
実は、mespesadoさんが引用してくれた格言について、小生はさらに小室直樹の多くの言葉を、上掲の拙稿に転載していますので、少々長くなるものの、そのまま以下に再転載しておきましょう。
__________
日本では聖人といえば、知恵が広大で行ないが正し
い人、心の優しい人になる。君子は徳のある人、小人
は凡人という意味だ。
しかし、中国では聖人というのは為政者(政治権力
者)のことであり、君子は統治階級に属する人、小人
は一般庶民という意味になる。
儒学者の説を聞いて最初に驚くのは、孔子が魯の国
の大臣になって真っ先にやったのが大粛清だった、と
いうくだりである。無能な政治家をすべて殺したし、
諸候の会合で無礼な行ないをしたこびとや役人をも殺
した。日本人の感覚からすれば、聖人が人を殺すとは
なんと無慈悲で、そんな聖人なんかあるものかと思う
だろう。政治上の問題で人を殺すのはスターリンだけ
ではないのか、と思う人もいるのではないだろうか。
論語の“誤読”で一つの例は「君子は義に喩り、小
人は利に喩る」という言葉だ。これを正しく解釈する
と「統治階級の人は義に喩り、庶民は利に喩る」とい
う事実を述べているにすぎない。
ところが日本人は「義に喩るのが君子で、利に喩る
のは小人である。」と逆に読んでしまう。さらに、「
君子は義に喩るべきであり、小人は利に喩るべきであ
る」などとも読みたがる。いっそう徹底すると「あな
たは義に喩って君子になりなさい。利に喩って小人に
なってはいけません」という教訓にしてしまう。
儒教の組織論はすっかり抜けてしまって、儒教が人
間当為の教えであるという側面だけが、やたらと強調
される。
これほどの大きな“誤読”をする原因は、どこにあ
るのか。それは、中国と日本とでは社会構造がちがい、
しかも儒教は、中国の社会構造に深く根ざした宗教で
あるからである。
『資本主義中国の挑戦』p.200(小室直樹著 光文社)
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
それにしても、堺のおっさんもmespesadoさんも、周囲には分かってくれる人がいないということもあり、常に孤独を感じているはずです。
最近、「仏教教師」というユニークな肩書きを持つ、菊谷隆太氏の動画を、小生は立て続けに鑑賞しています。そして同氏は孤独についても取り上げていました。
まともな人ほどぼっち(孤独)である説。仏教の視点から検証する
https://www.youtube.com/watch?v=bXOwL524E3k
だから、堺のおっさんもmespesadoさんも、まともな人なのだから孤独なのは当然であり、今のまま冥土の暇潰しを続けていく、孤独を貫いていけば良いかと思います。
冥土の暇潰し(生)と「死」は、表裏の関係があります。小生が初めて死を意識したのは24歳の時でした。当時は何をやっても上手くいかず、己れの人生に行き詰まりを感じたこともあり、友人が連れて行ってくれた尾瀬ヶ原で、我が命を絶とうと考えたほど追い詰められていました。このあたりはブログにも少し書しています。
20代の自殺
http://toneri2672.blog.fc2cn.com/blog-entry-669.html
この死についてですが、同じく菊谷氏が仏教教師の観点から、死について見事な解説をしていましたので、この機会に紹介します。
「これ知らないと後悔する」人類の盲点を突くブッダの教え
https://www.youtube.com/watch?v=RKZeUU6rL8M
亀さん@人生は冥土までの暇潰し